2011年 12月 18日 ( 1 )

073*『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート#02聖と俗

僕が子供の頃は、例えば親の職場の宴席とかで酒がまわってくる頃、
誰ともなく歌い始めて、「次はお前が」「次は君が歌え」となったもんだ。
もちろんカラオケなんかないから、伴奏は口(くち)イントロと手拍子。
普通は歌本もないから、みんな空で歌える18番を持っていたんですな。
歌に自信のない人は、「私はいいです・・・」と照れて辞退したり、
「歌え、歌え!」コールに、渋々歌わされたとしても、
その調子っぱずれの歌を肴に、たいていは、いい意味での笑顔の輪が、
広がっていたように思う。もちろん、本当に嫌だった人もいたんだろうけど。
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<カラオケの発明者、井上大佑氏>
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/100412/ecc1004120947002-n1.htm

80年代前半、僕がとある会社に勤めていた頃、
上司に初めてカラオケに連れて行ってもらった。
その頃はまだカラオケの設備を備えた店も少なく、
料金もそれなりに高かったように思う。
その後カラオケは爆発的に普及するわけだが、歌うことをを無理強いされたり、
聴きたくもない他人の歌を聴かされたりすることが嫌で、
極力”カラオケあります”の張り紙がしてある店は避けるようになった。
こっちは楽しく話しがしたくて飲みにきてるのに話しもできやしない。
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<8トラック・カラオケ (1967年頃)>
http://blog.goo.ne.jp/vrc-tezuka/e/b493ee21ae75171b2197a065fe633261

「カラオケは人前でマスターベーションするようなもの」
確か村上春樹が言ったんだと思ったけど・・・
自分だけ気持ちよくなって歌ってる人や、人の歌なんか聴いてなくて、
終わったときだけ、拍手喝采する人を見るのがいやだった。
だからカラオケ・ボックスは救世主だった。
カラオケやりたい仲間同志だけで行く場所だから。
僕も昔の仲間や、親しい友人と行ったりもした。
無礼講の間柄だから歌の途中だべっててもいいし。
あと仕事で、軽い歌合わせやキー合わせや練習にも使ったりした。
スタジオより安いし、飲食もできるし(笑)
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<のど自慢の鐘>http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Tubular-bells.JPG

それにしても日本人ってこんなにも堂々と人前で歌うのが好きだったっけ・・・?
僕の幼少の記憶からすると、どうも不思議でならなかったが、
考えてみれば、昔から”のど自慢”というものがあったわけで、
目的は人それぞれにしろ、日本人というか、人間は歌うことが好きなのだ。

前置きがだいぶ長くなったが・・・別にカラオケの話しではない。
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<アウグスティヌス>http://ja.wikipedia.org/wiki/アウグスティヌス

神学者アウグスティヌスは神に向けて告白している。概略すると、
「はじめて信仰に引き入れられたころ、あなたの教会で聴く聖歌に涙しました。私は歌そのものより、歌われている内容に心動かされるのです。〜略〜一方では聖歌が快楽へ引き込む危険を恐れたり、また他方では健全な効用があることを経験したりして、その間を動揺しています。歌われている内容よりも、歌そのものによって心が動かされてるようなことがあるとしたら、私は罪を受けるに値する罪を犯しているのだと告白します」
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<グレゴリウス1世>http://ja.wikipedia.org/wiki/グレゴリウス1世_(ローマ教皇)
(グレゴリオ聖歌=教化における音楽の意義を認めたグレゴリウス1世の名を冠したローマ・カトリック教会の公式の典礼音楽)

宗教がすべてを支配していた中世(5C〜15C)においては、
音楽そのものではなく、人々を教化するための”歌詞=聖書の言葉”にこそ、
聖歌の存在理由があるのはわかる。
面白いのは、音楽そのものが人々の耳を楽しませ、
信仰の弱い者にも効果的である一方、
人々を快楽に引き込む恐れがあることを、すでに中世の人々が認識しており、
その自律性を厳しく制限したことだ。
よって歌詞のない器楽曲(インストルメンタル)は「悪魔の音楽」として、
教会から排除された。歌詞がある方が、曲を覚えやすいこともあったようだが。

そこで思い出すのが、現代の「悪魔の音楽」=ロックン・ロールである。
アフリカからアメリカに連れてこられた黒人、アフロアメリカンが、
彼ら本来の宗教を禁止され、新しくキリスト教という宗教を与えられた。
教会で彼ら黒人が聴き歌ったのは、遥か中世からの流れを組む聖歌だった。
その聖歌によって西洋音階や、聖書の物語を知り、
やがては独自の音楽、黒人霊歌(ブラック・スピリチャル)を奏でだす。
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黒人霊歌には、宗教歌や労働歌や流行歌等があったが、
宗教家はやがてゴスペルに、流行歌はブルースへと枝分かれする。
その聖なるゴスペル・ミュージックに俗なる要素を加えた、
レイ・チャールズやサム・クックの音楽はR&B(リズム・アンド・ブルース)
と呼ばれ、そのR&Bの白人的呼称がR&R(ロックン・ロール)で、流行歌となる。

「悪魔の音楽」に魅入られながらも、聖と俗の間のゆらぎに抗えない僕としては、
遥か中世から現代へと連綿と流れる、音達の道程がたまらなく愛しく、
『ナガサキ洋楽事始め』というCDを制作するに至った。
今日はアルバムの曲解説(ブックレットでは書ききれなかったこと等)を、
綴る予定だったが、前置きと中置きが長くなり過ぎたので、また次回に。
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by playtime-rock | 2011-12-18 17:35