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003*ハースが長崎にやってくるヤァ ヤァ ヤァ

 昨年の夏、長門芳郎さんが同級生のお墓参りで長崎に帰って来られた。西浜の町のカフェでお会いした。久しぶりだった。しかも長崎でお会いするのは初めてだった。ひとしきり積もる話しも終わった頃、「来年、ハース連れて日本まわりたいんだよね。長崎でもやりたいんだけど・・・」と長門さんが切り出した。まさか本当に来ようとは・・・

 時はさかのぼり1979年、沢田研二の「カサブランカ・ダンディ」がヒットしていた(ちなみに僕はこのシングル盤を、受験で東京滞在中の宿があった、根津のパチンコ屋でゲット)大学に進学した僕は、“青山ベターデイズ”という軽音楽サークルに入部した。長崎では手に入らなかったレコードや、先輩の小西康陽さん(exピチカート・ファイヴ)や宮田繁男さん(exオリジナル・ラヴ)、同級の渡辺亨君(音楽ライター)達に勧められたレコードを、それこそ仕送りのほとんどをつぎ込んで買いまくった。三度の飯よりレコードだった(笑)アパートの部屋に積まれたカラーボックスが、日に日にレコードで埋まっていくのを眺めるのが嬉しかった。

 大学のすぐ近くに“パイド・パイパー・ハウス”というレコード屋さんがあって、授業の合間にふらっと立ち寄ると、よく前記の3人の誰かと遭遇したものだ。ウッディなこじんまりしたお店で、以前は店内でコーヒーも飲めたという。国内外の通なミュージシャンの御用達のような存在で、エルヴィス・コステロや世良公則さんなんかと隣あわせで、エサ箱を漁ったような記憶もある(笑)
 店主の長門芳郎さんの名前は、いろんなマニアックな音楽雑誌やレコードのライナー・ノーツでよく目にしていた。僕のような生半可な知識で質問でもしようもんなら、馬鹿にされるんじゃないだろうか?という畏怖の念をも抱いていたくらいだ(笑)ところがさにあらず。実際はとてもジェントリーで、丁寧にいろいろ教えていただいた。彼が長崎出身だということを知って、ある日レジでお釣りを受け取る際に思い切って切り出した。
「あのぉ・・・僕長崎出身なんですけど・・・」「へぇ、そうなんだ。僕もだよ」

まさかその数年後、ピチカート・ファイヴのマネージャーを長門さんにやっていただくことになろうとは、夢にも思わなかった・・・このつづきはまた別な日に。
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 当時、ハース・マルティネスの「ハース・フロム・アース」は“幻の名盤”と言われていた。たまに中古で見かけても高価だった。ジャケットから音が想像できなかった。YouTubeなんてもちろんないし、CDすらなかった時代だ・・・

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by playtime-rock | 2010-04-30 04:27

002*it’s been a long time

 入院以来約1年半ぶりに連絡をとった友人や知人がいる。ましてや長崎は30年振りになるわけで、「久しぶり!」とか「ご無沙汰してます!」とか言ったり言われたりする機会がやたらと多い今日この頃。

 初めましての方もいらっしゃるけど、ブログへのコメントをいただいたみなさん、ありがとうございます!本当にお久しぶりです!(笑)
大学生の時に『チェット・アトキンス&レス・ポール』というレコードを買って、A面1曲目のこの「it’s been a long time/久し振りだね」というスタンダードを知った・・というよりメロディは知っていたから、タイトルと曲が一致したのだ。d0154761_131372.jpg超テクニックなプレイの掛け合いは、まさに“スゴイ”の一言なんだけど、曲中に入るチェットとレスの会話の掛け合い同様、とっても楽しく幸せな気分になれるアルバムだ。

「このカントリー・ピッキングなギターが好きだ。このクリーンな音色が好きだ。オーヴァー・ドライヴなんざ買わずにいよう、金もないし・・・」と確信したと同時に、「やっぱ無理だわ・・・」とギタリストへの道を諦めたきっかけとなったアルバムでもある(笑)
 そういえば入院中に、劇場公開を見逃していた映画「レス・ポールの伝説」をDVDで観た。映画の冒頭、キース・リチャーズの「彼はオレたちに最高の“オモチャ”を与えてくれた」というセリフがイカしている。とても面白い映画で、音楽好きなら文句なく楽しめる。特に僕が興味を惹かれたのは、ギター製作はもちろんだが、レスの機材やテクノロジーへの貢献と冒険で、これにはビンク・クロスビーなんかも関わってくるのだけど・・・d0154761_1292514.jpg
 実は病気を患う前から取りかかっていた仕事がある。それはあるアーティストについての本の執筆で、そのアーティストを中心にアメリカン・ポップスを俯瞰するという、とても素敵な企画からスタートしたのだが・・・
思いの外、というより予想通り難航している。僕が知りたい事の多くは、主に海外の資料に頼らざるを得なくて、その収集と解読に時間がかかるのだ。出版社のYさんにはご迷惑のかけっぱなしで、本当に申し訳ありません!が、ツイッターという新しい情報収集ツール?も普及し、だいぶ風通しがよくなる予感がしています。新ネタもいくつか手に入りそうだし・・・Yさん、もうしばらくお待ちください!
 
そうやって資料収集に忙殺されながらも、自分の中でのバランスを保つため、音源製作にとりかかったのが昨年の10月頃。これもなんやかんやで半年くらいかかっているが、ようやく目処がつきそうだ。タイトルは「龍馬のハナ唄 赤盤」
概要についてはこちらの新聞記事<http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20100425/06.shtml>をご覧ください。 
 先日、この記事を目にされた中学校の時の担任で、音楽の先生でもあったS先生からお電話をいただいた。中学生当時、歌唱や器楽演奏はそこそこできたつもりだが、楽典の方はからっきしだめだった。そんな昔話し等で盛り上がり、1時間近くもおしゃべりしてしまった。「今、会っても、もうわからんかもね(笑)」来月あたりお会いできそうだ。it’s been a long time・・・先生、お久しぶりです。

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by playtime-rock | 2010-04-30 02:03

001*プレイタイム・ロック

 高浪慶太郎です。たいへんご無沙汰しておりましたが、みなさんお元気でしたでしょうか?私事で恐縮ですが、今日は僕の個人的な再スタートにあたり、諸々ご報告とお知らせをさせていただきます。
 えー・・・おととしの11月に、”急性骨髄性白血病”と宣告され、その翌日に横浜の病院に入院。昨年3月に故郷・長崎の病院に転院。同年5月に無事退院して、現在は治療と療養を続けながら、高校卒業以来、約30年ぶりにここ長崎で暮らしています。病名が病名だけに、当初はどう現実と向き合えばいいのかがわからず茫然自失でした。とりあえずは身を潜め治療に専念し、元気になった暁には何事もなかったように復帰しようと思いました。関係者のみなさん、応援していただいたみなさんには、多大なるご迷惑とご心配をおかけしまして、本当に申し訳ありませんでしたが、心身共に疲弊していたため、自分にとって一番楽な選択肢をとらせていただきました。
 こうしてカミング・アウトできるようになるまで、約1年半かかりましたが、
どっこい僕は生きてます。尚、当時のパートナーであった西村郁代さんとは、昨年3月より公私共に別々の道を歩むことになり、アルコライムは事実上解散しております。ご報告が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。
 18歳で故郷を離れた僕の長崎弁は、未だ当時の高校生の長崎弁なようで、たまに戸惑ったり戸惑わせたりもしてますが、考えてみれば今までの人生の半分以上が東京暮らしだったわけで・・・こうして、ある種、異邦人・エトランゼとして、生まれた街で生きていくのも、わるくはないなぁ・・・と思い始めている今日この頃です。まぁ、たまには江戸参府もしますけど(笑)
 この春、ささやかながら“プレイタイム・ロック”というプライヴェート・レーベル&オフィスを始めました。音源制作等、音楽まわりのこと、いろいろとやっていきます。どうかお見知り置きのほど、よろしくお願い致します。(写真はちょっと前のものだけど、オフィスの床に落ちていた輪ゴムが、何度も踏まれているうちにねじれて、ト音記号に形を変えた瞬間を偶然発見した時のもの・・尾っぽの向きが逆だけど・・)
 元来ズボラで面倒くさがりの僕ですが、リハビリ期間中に貯め込んだネタも結構あるので、このブログに小出しにアップしていこうと思ってます。が、絵日記はもちろん始業式前日にまとめ書きするタイプ。あらかじめ随時更新のブログであることを、お断りしておきます(笑)では、次回をお楽しみに!

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PS. 思うところあって、
高浪敬太郎→高浪慶太郎に戻しました。
こちらも、お見知り置きのほどを。
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by playtime-rock | 2010-04-28 00:00