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076*『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート#05*ビートルズとグレゴリオ聖歌*オルガヌムetc

中世では、創造という行為は、全能たる神のみの御業であった。
人間ができることは創作ではなく、補足的説明=注釈のみで、
これは中世の文学における創作の基本が、聖書や古典書の余白に、
本文を説明・拡大する文章を添えることにあったことを想わせる。
この「注釈」はときとして本文をも凌ぐ膨大な量ともなる。
注釈は中世の創作の原点ともいえよう。
「名曲が語る音楽史〜グレゴリオ聖歌からボブ・ディランまで〜」/田村和紀夫
(音楽之友社)より、概略を抜粋。

だが人間の創造への欲求は押さえ難く、8〜9世紀頃には、
前回お伝えしたメリスマ(母音を伸ばして音符を追う)に歌詞をつけたり
(いわゆる替え歌だが、もちろん神を讃える言葉)、新たに旋律を作ったりした。
これをトロープスという。
さらにはこれに4度や5度離れた音を割り当てる多声化(ポリフォニー)も行なわれた。これをオルガヌムという。ただし曲の開始と終止ではユニゾンだった。

さて、前回はビートルズのメリスマをお伝えしたが、
さらにいい例がありました(笑)

『ラバー・ソウル』('65)に収録の「ガール」。
サビのジョン(主メロ)のパート♩〜Ah, girl, girl,girl〜♩の
ガー(アアアー)ル、ガール、ガ(アアー)ル。

官能的なメリスマですな(笑)
まだあるよ。
映画『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』の、
リンゴが街をさまようシーンで流れる「ジス・ボーイ」
「こいつ」というイカシタというか、まんまの邦題のこの曲、
映画ではジョージ・マーチン・オーケストラによるインストだったが、
(これもいいんだよね。サントラで聴けます。)
歌バージョンのとくにリピートAの部分。
♩〜That boy isn't good for you〜♩の
”ボー(オオオー)イ”と”ユー(ウウウー)”の
ポールのパート。高い方ね。
そして2行目の
♩〜Though he may want you too〜♩の
ジョン(主メロ)の下降するトゥ(ウウーウウウウー)。
これもメリスマってますな。いいかんじ。


しかもジョージもハモる三声コーラス。オルガヌムです。

ちなみに、オルガヌムは元来即興的に歌われるもので、
ジャズへの影響があるのかどうかはわからないが、
主メロのみが記譜され、あとは耳で合わせることが常であった。
11世紀頃には、平行進行だけではなく反進行や斜進行も用いられたが、
まだ主メロとは1音符対1音符であった(自由オルガヌム。対位法の原点)
12〜13世紀頃には、オルガヌムが、二声から、三声、四声へと拡大し、
より複雑化。主メロ以外のパートも記譜されるようになり、
14世紀頃になると主メロとはリズムの違う複雑は対旋律が作られるようになる。

さて、同じ映画『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』で
歌われた「恋におちたら」という美しい曲がある。
♩〜If I fell in love with you
Would you promise to be true〜♩
というバースの部分はかなり変わったコード進行だが美しい。
そして転調してコーラスへと導入するところも。

で、コーラスのジョンとポールの2声のハモり。
♩〜If I give my heart to you〜♩なんと6度のハモで始まる。
”heart”でジョンがあがりポールが下がって3度に。
次の”to”でジョンは半音、ポールは1音下がってディミニッシュの響き。
次の”you”でジョンが下がりポールが上がり5度。
そしてフレーズの区切り♩〜I must be sure〜♩でユニゾン。
平行だか斜めだか反進行だか、自由オルガヌムだか対位法だか、
よくわかんないけど、こんなにくっつき離れても美しいのはゴイス!

しかも展開するBメロの最初の和声が7thと9thという、
この美しい流れで、なんとブルージーな!
それから3度、4度、3度、6度、とくっつき離れて、
Bメロ最後の♩〜was in vain〜♩は7度だよ。奇跡だな、こりゃ(笑)



ちなみに3度と6度の和音は、
16世紀ルネサンス期のイギリス独自の和音だとか。
「She Loves You 」の最後の6thのコードは、そこに源流があるのかな(笑)
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by playtime-rock | 2011-12-30 02:49

075*『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート#04*ビートルズとグレゴリオ聖歌・メリスマ

”音楽はキリスト教にとって有用であるーこの判断がなかったら、
後世の西洋音楽の巨大な発展はなかったであろう”
「名曲が語る音楽史〜グレゴリオ聖歌からボブ・ディランまで〜」/田村和紀夫
(音楽之友社)
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グレゴリオ聖歌が西洋音楽の土台であるといわれる由縁を、
わかりやすく身近な洋楽、ビートルズからひも解いてみよう。
かなり独断ではありますが(笑)

「メリスマ」という歌い方がある。
簡単に言うと、母音を伸ばして音符を追っていく装飾的な歌い方。
wiwkiの説明から概略を抜粋すると、
「メリスマとは古代ギリシャ語で「歌」の意味があり、古典古代の文化において、メリスマ技法は催眠にかかったような陶酔感を聴き手にもたらすものとして利用され、古代の秘儀や礼拝に重宝がられた。メリスマがグレゴリオ聖歌において最初に楽譜に現れるようになったのは、900年ごろに遡り、ミサ曲のある楽章に利用された。」

「君が代」(二代目)を例にとると、
”きーみーがー(あー)よー(おー)はー ちよにー(いい)”
〜略〜
”むー(うー)すー(うー)まー(ああ)でー”
この()の母音を伸ばして歌う唱法というか、曲付けのことだ。
日本で言うと”こぶし”に相当する。
”こぶし”同様、メリスマも歌ってみるとけっこう難しい。
「君が代」くらいだったら、まだいいけど。
ちなみにイギリス人が作曲した”初代”「君が代」は、
『ナガサキ洋楽事始め』に、栗コーダーカルテットなテイストで、
収録されております(笑)
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<http://www.amazon.co.jp/プリーズ・プリーズ・ミー-ザ・ビートルズ/dp/B00267L6S0/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1324993406&sr=1-1>
ビートルズのファースト・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』('63)に、
「ミザリー」という佳曲が収録されている。
この曲はもともとビートルズが前座をつとめたこともある、
ヘレン・シャピロという女性歌手(「子供じゃないの」「悲しき片思い」)に、
レノン&マッカートニーが作ったのだが、
歌詞の内容が彼女のイメージにそぐわないという理由で採用されなかった。
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<http://www.amazon.co.jp/Ultimate-Helen-Shapiro-EMI-Years/dp/B004D5H2LS/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1324993639&sr=1-1>
ビートルズも、まだ駆け出しだったし、「ミザリー」=”惨め”だしね。
今となっては、なんとももったいない話しだが。

いきなりジョンが歌いだす、
♩〜The world is treating me bad, misery〜♩の、
”ba(aaaa)d ”の()の部分がメリスマだ。その後も何度も出てくる。


http://www.youtube.com/watch?v=jltUrO4VPro&feature=player_embedded

同じく『プリーズ・プリーズ・ミー』に収録のデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」
♩〜So please love me do〜♩の、
”プリー(イイイー)ズ”の()の部分。


そしてこれも同じく『プリーズ・プリーズ・ミー』に収録の名曲「アスク・ミー・ホワイ」
♩〜I love you〜♩や♩〜And it's true〜♩の
”ユー(ウウウウー)”や”トゥルー(ウウウウー)”の()の部分。


セカンド・アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』に収録のこれまた名曲、
「オール・アイヴ・ゴット・トゥ・ドゥ」の出だし、
♩〜Whenever I 〜♩や♩〜All I gotta do 〜♩の
”ホェンエヴァー ・アー(アーアアーアアア)イ”や
”オール・アイ・ガッタ・ドゥ(ウーウウーウウウウ)”の()の部分。


まだまだあるよ(笑)同じく『ウィズ・ザ・ビートルズ』に収録の、
僕が大好きな曲「ナット・ア・セカンド・タイム」の、
♩〜I see no use in wondering why , I've cried for you〜♩の、
”ホワ(アーアア)アィヴ・クラ(アアーアアィ)フォー・ユ(ウーウウー)”
の()の部分。


さらには'63年の初のミリオンセラー・シングル「抱きしめたい」、
♩〜I wanna hold your hand〜♩の、
”ハー(アアーアアーアー)ンド”の()の部分。


そして4枚目のアルバム『ビートルズ・フォー・セール』('64年)の1曲目、
「ノー・リプライ」の、
♩〜This happened once before,When I came to your door, no reply〜♩の、
”ノー・リプラ(アアアー)イ”や、
♩〜If I were you I'd realize〜♩の、
”アイド・リ(イイ)アラーイズ”の()の部分。

同じく『ビートルズ・フォー・セール』の「エイト・デイズ・ア・ウィーク」、
♩〜Eight days a week, I love you〜♩の、
”アイ・ラー(アーアーアーアア)ヴ・ユー”の()の部分。


ふー、きりがないのでこのへんでやめよう(笑)
僕が初めてビートルズを聴いた頃、印象的だったのがこのメリスマなのだ。
とくに初期、マージー・ビートと呼ばれていたころの作品に多いのかもしれない。
こうやって並べてみると、ジョンの曲に多いね。
実は”メリスマ”という言葉自体を知ったのはここ最近のことだ。
それまでは「あの母音を伸ばすかんじの・・・」と説明していた(笑)

曲先の仕事で、仮メロ入りデモテープを作詞家の方に渡す場合、
僕の頭の中ではメリスマが鳴っていても、
ほとんどの場合、母音で伸ばすような歌詞はついてこない。
音符ひとつひとつに、言葉がついてくる。
ま、作詞家にすればごく当たり前のことなのだが。
譜面に書いて指定すればいいのかもしれないが、
作詞家の領域を侵すみたいで失礼かもとも思うし・・・

なので、ある時からは楽器による仮メロではなく、
自分の仮歌でデモテープを作るようになった。
”ラーラーラーラー”ではなく”ラー(アーアーアー)”と。
それでも、母音の伸ばしではなく1音1音に
ちゃんと言葉が付いてきたりするわけだけど(笑)
このメリスマに言葉を付けることを、”トロープス”という。
”トロープス”はグレゴリオ聖歌が成立する8世紀頃に、
始まったとされているが、次回はそのあたりについて。
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by playtime-rock | 2011-12-28 01:12

074*『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート#03*グレゴリオ聖歌の入門編

アルバム『ナガサキ洋楽事始め』の2曲目に「来たり給え、創造主たる聖霊よ」、
5曲目に「谷川の水を求める鹿のように」という曲が収録されている。
前々回言及した混声合唱団、ムジカ・アンティカさんの歌唱によるものだ。

この2曲を含む19曲のグレゴリオ聖歌の楽譜が、
1605年に長崎のコレジョ(大神学校)で印刷された、
ラテン語による『サカラメンタ提要』という典礼書に掲載されている。
19曲のグレゴリオ聖歌の多くは、葬儀のための曲だ。
というのも、日本が葬儀を重んじることから、日本用に編集されたという。
それらは五本の譜線が朱色で、特殊な四角い形をした音符は黒色で印刷された、
とてもきれいな二色刷りの楽譜印刷である。
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<http://www.yushodo.co.jp/press/christian/index.html>

この『サカラメンタ提要』は、九州のキリシタン大名の名代とし、
てローマへ派遣された伊東マンショら天正遣欧少年使節団が持ち帰ったといわれる、
グーテンベルグ印刷機によって印刷された。
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<グーテンベルグ印刷機:http://www.hyoinko.or.jp/mukashi2/material/art/p1.html>
キリスト教弾圧でいったん国内から姿を消したが、
20世紀になって再び日本に戻った。世界に現存するのは8冊と伝えられ
、国内では現在、上智大学などが計2冊を収蔵している。

専門的になるとどうも筆が進まないので、
僕なりにグレゴリオ聖歌の変遷をおおまかに見ると、

・4世紀ころまでの教会音楽は単純で、一般の信者にも歌えた。

・6世紀終わり、ローマ教皇に就任したグレゴリウス1世による、
典礼の整備や教会改革により、神を讃える聖歌はより高度に複雑に、
芸術性の高いものとなった。しかも死語に近い古いラテン語で歌われたので、
一般の信者には歌えないものに。

・よって卒業するまでに9年もかかる音楽学校(スコラ・カントルム)ができ、
聖歌を歌えるのは、そこで学び訓練を受けた人々、聖歌隊に限られた。

・その後ローマ・カトリックの勢力が増し、各地方の聖歌をローマ式に統一
しようということになるが、
8世紀終わり頃フランク領ガリア(今のフランスにあたる地域)の聖歌に、
ローマ式が介入し、新しいローマ・フランク聖歌=グレゴリオ聖歌が誕生する。
グレゴリウス1世在位から、実に200年あまり後のことだ。

一般にグレゴリオ聖歌は、単旋律(モノフォニー)無伴奏を特色としているが、
この頃には、トロープ(典礼で正式に用いられる歌詞に、
更に詳しい説明的な言葉を挿入したもの)や多声化(ポリフォニー)
という変化が見られる。

『ナガサキ洋楽事始め』でムジカ・アンティカさんが歌ってくれた2曲は、
1曲は単旋律(モノフォニー)で、もう1曲が多声(ポリフォニー)である。
単旋律(モノフォニー)の「来たり給え、創造主たる聖霊よ」は、
一般信者にも歌われたものともいう。当時の長崎の信者も歌っていたことだろう。
僕にとっても、まさにグレゴリオ聖歌の入門編みたいなものだ。
その2曲ともが、今年5月に行なわれた”東日本大震災チャリティー・アクト”での、
ライブ音源である。
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通常ライブ音源は、あとになって冷静に聴くと、
いろいろと荒が目立ち、必ずしもベスト・テイクとはいかない。
ま、それがライヴなのだが・・・
マルチ・レコーディングであれば、あとである程度の修正はきく。
それこそ、歌を歌いなおしたりできるわけだ。
現在、世に出ているライブ音源も、そういうものが多いと思う。

今回はマルチ・レコーディングではなかったため、修正はできない。
ムジカ・アンティカさんも、スタジオでの再録音も考えられたらしい。
が、あの日あの時、同志や聴衆がが集った緊張感のある会場で、
被災地に向けた、みんなの思いをのせた歌声は、
とてもスタジオで再現できるものではない。
僕もムジカ・アンティカさんとまったく同じ思いでした。
ありがとうございます!

さて、そのムジカ・アンティカさんのメンバーも参加される、
音楽イベントの告知です。
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12月27日(火)、活水学院 大チャペルに於いて、
『長崎メサイアシングアロング』が開催されます。
http://www.nmessiah.net/
舞台と客席が一体化する参加型音楽プログラムです。
ヘンデルの「メサイア」等を楽しくシング・アロングするそうです。
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当日の受付は、14:30から。15:00から発声練習で、15:30から本番です。
ご興味のある方は、ぜひ参加されてください。
問い合せは 山口義人 095-822-9585
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by playtime-rock | 2011-12-26 13:12

073*『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート#02聖と俗

僕が子供の頃は、例えば親の職場の宴席とかで酒がまわってくる頃、
誰ともなく歌い始めて、「次はお前が」「次は君が歌え」となったもんだ。
もちろんカラオケなんかないから、伴奏は口(くち)イントロと手拍子。
普通は歌本もないから、みんな空で歌える18番を持っていたんですな。
歌に自信のない人は、「私はいいです・・・」と照れて辞退したり、
「歌え、歌え!」コールに、渋々歌わされたとしても、
その調子っぱずれの歌を肴に、たいていは、いい意味での笑顔の輪が、
広がっていたように思う。もちろん、本当に嫌だった人もいたんだろうけど。
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<カラオケの発明者、井上大佑氏>
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/100412/ecc1004120947002-n1.htm

80年代前半、僕がとある会社に勤めていた頃、
上司に初めてカラオケに連れて行ってもらった。
その頃はまだカラオケの設備を備えた店も少なく、
料金もそれなりに高かったように思う。
その後カラオケは爆発的に普及するわけだが、歌うことをを無理強いされたり、
聴きたくもない他人の歌を聴かされたりすることが嫌で、
極力”カラオケあります”の張り紙がしてある店は避けるようになった。
こっちは楽しく話しがしたくて飲みにきてるのに話しもできやしない。
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<8トラック・カラオケ (1967年頃)>
http://blog.goo.ne.jp/vrc-tezuka/e/b493ee21ae75171b2197a065fe633261

「カラオケは人前でマスターベーションするようなもの」
確か村上春樹が言ったんだと思ったけど・・・
自分だけ気持ちよくなって歌ってる人や、人の歌なんか聴いてなくて、
終わったときだけ、拍手喝采する人を見るのがいやだった。
だからカラオケ・ボックスは救世主だった。
カラオケやりたい仲間同志だけで行く場所だから。
僕も昔の仲間や、親しい友人と行ったりもした。
無礼講の間柄だから歌の途中だべっててもいいし。
あと仕事で、軽い歌合わせやキー合わせや練習にも使ったりした。
スタジオより安いし、飲食もできるし(笑)
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<のど自慢の鐘>http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Tubular-bells.JPG

それにしても日本人ってこんなにも堂々と人前で歌うのが好きだったっけ・・・?
僕の幼少の記憶からすると、どうも不思議でならなかったが、
考えてみれば、昔から”のど自慢”というものがあったわけで、
目的は人それぞれにしろ、日本人というか、人間は歌うことが好きなのだ。

前置きがだいぶ長くなったが・・・別にカラオケの話しではない。
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<アウグスティヌス>http://ja.wikipedia.org/wiki/アウグスティヌス

神学者アウグスティヌスは神に向けて告白している。概略すると、
「はじめて信仰に引き入れられたころ、あなたの教会で聴く聖歌に涙しました。私は歌そのものより、歌われている内容に心動かされるのです。〜略〜一方では聖歌が快楽へ引き込む危険を恐れたり、また他方では健全な効用があることを経験したりして、その間を動揺しています。歌われている内容よりも、歌そのものによって心が動かされてるようなことがあるとしたら、私は罪を受けるに値する罪を犯しているのだと告白します」
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<グレゴリウス1世>http://ja.wikipedia.org/wiki/グレゴリウス1世_(ローマ教皇)
(グレゴリオ聖歌=教化における音楽の意義を認めたグレゴリウス1世の名を冠したローマ・カトリック教会の公式の典礼音楽)

宗教がすべてを支配していた中世(5C〜15C)においては、
音楽そのものではなく、人々を教化するための”歌詞=聖書の言葉”にこそ、
聖歌の存在理由があるのはわかる。
面白いのは、音楽そのものが人々の耳を楽しませ、
信仰の弱い者にも効果的である一方、
人々を快楽に引き込む恐れがあることを、すでに中世の人々が認識しており、
その自律性を厳しく制限したことだ。
よって歌詞のない器楽曲(インストルメンタル)は「悪魔の音楽」として、
教会から排除された。歌詞がある方が、曲を覚えやすいこともあったようだが。

そこで思い出すのが、現代の「悪魔の音楽」=ロックン・ロールである。
アフリカからアメリカに連れてこられた黒人、アフロアメリカンが、
彼ら本来の宗教を禁止され、新しくキリスト教という宗教を与えられた。
教会で彼ら黒人が聴き歌ったのは、遥か中世からの流れを組む聖歌だった。
その聖歌によって西洋音階や、聖書の物語を知り、
やがては独自の音楽、黒人霊歌(ブラック・スピリチャル)を奏でだす。
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黒人霊歌には、宗教歌や労働歌や流行歌等があったが、
宗教家はやがてゴスペルに、流行歌はブルースへと枝分かれする。
その聖なるゴスペル・ミュージックに俗なる要素を加えた、
レイ・チャールズやサム・クックの音楽はR&B(リズム・アンド・ブルース)
と呼ばれ、そのR&Bの白人的呼称がR&R(ロックン・ロール)で、流行歌となる。

「悪魔の音楽」に魅入られながらも、聖と俗の間のゆらぎに抗えない僕としては、
遥か中世から現代へと連綿と流れる、音達の道程がたまらなく愛しく、
『ナガサキ洋楽事始め』というCDを制作するに至った。
今日はアルバムの曲解説(ブックレットでは書ききれなかったこと等)を、
綴る予定だったが、前置きと中置きが長くなり過ぎたので、また次回に。
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by playtime-rock | 2011-12-18 17:35

072*『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート#01*マジカル・コネクション

「今、幕末長崎にちなんだ音楽CDの制作を考えていて、
第1弾は月琴・明清樂をキーワードに、いろいろ検討中です。
第2弾を漫然とですが、長崎の教会音楽と考えています。
その辺りのことをご教授、またご協力いただけると幸いです。」

これは、2009年の9月に、僕が布袋厚さんに送ったメールの部分だ。
布袋さんは『長崎石物語』、『復元!江戸時代の長崎』(いずれも長崎文献社)
という労作の著者で、自然史研究家で、
長崎火山の研究をライフワークとされている。
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彼のHPに「ルネサンス音楽の部屋」というコンテンツがあった。
幕末長崎や古地図や教会音楽等、
当時、僕が関心のあったことと、とても接点があったし、
多少の面識もあったので、思い切ってメールしてみた。
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その後、布袋さんとは、大浦お慶宅跡にあったと言われる、
地下室について検証しに旧西沢本店に行ったり、
高平町にある大浦家の墓の謎を調べたり、
居留地を散策したり、かなりお付き合いいただいた。

また、僕は教会音楽に関しては門外漢、素人なので、
布袋さんが参加されている混声合唱団、”プロ・ムジカ・アンティカ・ナガサキ”の
練習を、銀屋町教会で見学させていただいて、
サカラメンタ提要のことなど、いろいろとご教授いただいた。
メンバーの武立さんからは『洋楽事始』というLPをお借りした。
ルネサンス音楽の研究で知られる音楽学者、
皆川達夫さんの企画・監修による2枚組のレコードだ。
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このレコードがすごい。
長崎・平戸に伝わるグレゴリオ聖歌やオラショが多数収録され、
宗教ではなく音楽の側面を掘りさげた深い解説付きの労作である。
ちなみに、今回『ナガサキ洋楽事始め』に収録した、
平戸・生月の歌オラショ「ぐるりよざ」(昭和28年録音)は、
このアルバムから音源をお借りしたものだ。

歴史と文化を音にしたようなアルバムを作りたいと思った。
しかも、あまり敷居の高いものではなく、
「科学と学習」のような、楽しんで学べるもの(笑)

この頃、長崎検番の月琴奏者、琴音さんと出会った。
お会いして初めてわかったのだが、
彼女は、坂本龍馬の妻・お龍さんに月琴を教えた、
小曽根キクさんの一番弟子・中村キラさんの、なんとお孫さんで、
しかも僕の高校(長崎東)の後輩でもあった。

同じ頃に出会ったトロンボーン奏者の、”シバケン”こと柴田健一さんは、
なんと琴音さんとは高校の同級生、つまり僕の後輩にあたるのだが、
僕ら3人は3人とも当時面識がなく、はるか30年越しに出会ったことになる。
正確に言うと、僕とシバケンさんはどうも高校の文化祭で、
同じステージに立ったいたようだけど。別のバンドで。

かくして月琴をフューチャーし、琴音さんとシバケンさんも参加した
『龍馬のハナ唄』は、この年の12月からレコーディングに入り、
翌2010年、赤盤、青盤と2枚のCDをリリースすることになる。
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教会音楽の方も、いわば2009年に種がまかれ、
2年の歳月を経て、今年11月に『ナガサキ洋楽事始め』として、
収穫されたわけであります。

次回は収録曲について綴ります。
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by playtime-rock | 2011-12-16 19:17

071*有限実行

まさか3ヶ月も空くとは・・・
やっと落ちついて、ブログのページを開いております。
2011年、いろんなことがありました。
なんか綱渡りの毎日で、それはそれでスリリングでありましたが、
あまりに慌ただしく、振り返る余裕がありませんでした。
ブログの更新については、初回の001でも書いていたとおり、
随時更新になってしまいましたが、ま、これも”有限実行”ではあります(笑)

昨年、プレイタイム・ロックという事務所とプライベート・レーベルを立ち上げ、
『龍馬のハナ唄』赤、青盤の2枚のCDをリリースしました。
昨年中に「今後は”教会もの”と”ムード歌謡”という長崎の音シリーズをやります」
と、取材等では一応明言はしておりました。
というのも、明言しないとやらない・・・言った手前、やらなきゃいけない・・・
というわけで、自分を追い込むための発言でした。

お陰さまで、今年は”教会もの”から発展した『ナガサキ洋楽事始め』を、
リリースすることができました。
『龍馬のハナ唄』同様、古地図(世界図)のおまけ付きです(笑)

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そして今年、僕にとって大きな出来事だったひとつに、
プレイタイム・ロックという新しいユニットの結成があります。
市場美奈ちゃん(歌&フルート)とのデュオです。
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プレイタイム・ロックについては、追々ご報告しようと思いますが、
それも含めて明日以降、
自分自身の確認や記録も兼ねた「2011年の総括」と、
「『ナガサキ洋楽事始め』制作ノート」なるものを、
綴っていきたいと思っております。
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by playtime-rock | 2011-12-14 02:40