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100*エレキの弾き語り

昨日はオハナカフェでケーヤンことウルフルケイスケのライブ。
去年はリクオ君とふたりでR-10でやって、それもすごくよかったんだけど、
今回のケーヤンひとりぽっちのむき出しライブもよかった。
新曲も、ジュリーの「危険なふたり」シャッフル・バージョンや、
浅田美代子の「赤い風船」のカバーも好感度大(笑)
ムッシュかまやつさんもそうだけど、エレキの弾き語りって、
アコギとはまたちがうギター(愛器)と歌い手とのロックな一体感があって、
イトオカシだ。
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さて、13日の金曜日に事務所の移転がほぼ完了。
段ボールはまだ半分も開いてないけど、
いつまでも開かずの段ボールって1つや2つ必ずあるよね(笑)
はてさて、どれに何を詰めたやら・・
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by playtime-rock | 2012-04-17 03:13

099*安岡力也さんのこと〜その2

前回までののあらすじは省略。一晩寝たら、僕の記憶ちがいに気づいた。
なんせ33年前の話しだもの。

「お前ら何やってんだよ?」というドスの効いた男の声がしてドアが開いた・・
のではなく、「お前ら何やってんだよ?」という背後からの声に振り向く間もなく、
首根っこ、というか襟の後ろ側をむんずと掴まれて、舗道にとめてあった車まで、
引きずられるように引っ張っていかれたのだ。
すごい力だ!ひとりで僕とジミーの二人いっしょに持っていかれた。
あ!と振り向いたら、僕らをショッピイていったのは、
力也さんではなく(残念でしたw)クロコのオーナー、ガンさんだった。
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ここでガンさんのことにすこし触れよう。
以下をご参照ください。
<http://blog.livedoor.jp/en_meip695/archives/50215150.html>
この他、寺内タケシとブルージーンズや、
ナベプロ時代の内田裕也さんのマネージャーでもあったそうだ。
僕には、青学の学食の料理長がガンさんと同郷だと言ってた。
だから僕ら青学生にはやさしかったのかもしれない。
若者の背中を押してくれたり、見守ってくれたりしていたような印象がある。
力也さんにとってガンさんは、兄貴筋みたいな人だったんじゃないかな。
ガンさんは、いつもクロコの入り口のところにいた。お店の顔だった。
ブッキングを担当する店長の西さんは、奥の事務所にいたと思う。
いつも穏やかだった西さんは、リリィの元夫だったとも聞いた。
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おっと、寄り道はこのへんで日劇へ戻ろう。
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ガンさん「お前らこんなとこで何やってんだよ?」
ボクら「はい、明日のタイガースをぜひ観たいと思って当日券買うのに並んでました」
ガ「馬鹿野郎!なんで俺に言わないんだよ!」
ボ「は、はい、すいません!」
・・ってガンさんとウエスタンカーニバルの関係、僕らよく知らないし・・
ガ「よし!明日の○時ころ楽屋口まで来い!入れてやるから」
ボ「は、はい!ありがとうございます!」
ガ「おう、ところでコイツ、用心棒のジャンボっていうんだ。よろしくな!」
と、ガンさんの傍らに寄り添っていた長身の若者を紹介された。
ボ「あ、よろしくお願いします!!?」

このあと、いくつかヤバイ話しをガンさんから聞かされたが、
それはここでは書けない(笑)

とにかく思わぬラッキーだった。タイガースを観れることは確約されたわけだし、
しかも終電で帰れる時間だったのだ。
当時、僕は小田急の梅が丘というところに住んでいた。
有楽町から梅が丘までタクシーに乗ろうもんなら・・
ただでさえ金がない学生だし、ネットカフェなんてない時代だし・・
あのへんにアマンドあったけかな?
ま、もともと徹夜の覚悟だったんだけどね(笑)
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で、翌日行きました、日劇の楽屋口。
ボ「あのー、ガンさんに楽屋口に来いと言われて..」
クロコのGさんが迎えてくれた。
このGさん、クロコの従業員だったのか何なのか・・
とっても小柄で灰色のちじれっ毛で帽子被ってた。
名前を忘れたのか、元々知らなかったのかは思い出せない。
ただ、僕とジミーはいつも「あの爺さんがさ・・」と呼んでいたので。
とても年老いて見えたのだ。実際の年齢は知らないけど。
Gさん、クロコではいつも力也さんといっしょにだべってた。
あとから知ったけど、このGさん、昔ウッドベース弾いてたそうな。
「でも、あんだけ背が低いと、椅子の上に立たなきゃウッドベース弾けないよな」
なんてジミーと話したものだ。そんなジミーもすごい小柄だったけど(笑)
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(http://www.uchidayuya.com/special/rr_baka/yj.jpgより)
G「ガンさんから聞いてるよ。とりあえず裕也さんに挨拶してこい!」
ボ「は?、はい!」
でも心の声は「えー!!!???聞いてないよ!」ってなかんじ(笑)
ま、裕也さん関係というか、身内扱いで入れてもらったんだろうけど。
そこは芸能界ではなく、日本のロック界なんだよねー。
恐る恐る内田裕也さんの楽屋のドアをノックした。
返事がない。何度もノックしたがノー・リプライ。
「あのー、失礼します・・」とドアも開けてみたが、誰もいない。
ラッキー(笑)僕らはGさんのもとに戻り、
「裕也さん、いらっしゃりませんでした!」と報告した。
まるで士官と下士官だ(笑)
G「あ、そう。じゃあそのへんから観てな」
僕らの心の声「えー!!!???」そこはいわゆる舞台袖。

ま、プレミアムチケットなわけだし、贅沢は言ってらんない。
ほぼ、スタッフ的な視点でのライブ観劇となった。
メインのバンドは、初日に一度観てるし、この日の目的はタイガースだから、
時々休憩がてら、大部屋というか、ロビーみたいな楽屋にも足を運んだ。
「あ、鮎川誠さんがいる」
トレンチコートをまとった長身の鮎川さんは、ほんと格好良かった!
と、そのとき「ウッス!」という声とともに、
同じくトレンチコートをまとった長身のいかりや長介が現れた。
鮎川さんより背が高かったんじゃないかな。ほんと格好良かった!

いかりやさんは、ドリフターズとしてではなく、
ドリフ以前に在籍した、カントリーシンガー”ジミー時田”バンドの
ベーシストとして出演、演奏したのだ。
しかもギターは、なんと寺内タケシ!
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「あ、スパイダースだ!」
初日にも観たけど、スパイダースは最高でした!
マチャアキが、ジュンが、ムッシュが舞台からはけてきた。
まさかこの10年後、実際にお会いするとは夢にも・・・

そして沢田研二とオールウェイズの演奏が終わり、
ジュリーがはけてきた。
他の出演者の方々には申し訳ないけど、ジュリーは別格でした。
「TOKIO」を最後に井上隆之バンドと別れ、時代とシンクロしていったジュリー。
そのビジュアルも含め、若いというかオーラがすごかった。
当時33才。力也さんや他のGS仲間と、そう歳も変わらないのだが、
まるでちがった。現役のミュージシャンだった。
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(http://blog.goo.ne.jp/fig196/e/8dd66a5908ddf5e4d8423eec957436eaより)
ジュリーのあとは萩原健一とドンファンR&Rバンド。
ショーケンのオーラもすごかった!
僕の記憶では、ジュリーとショーケンが日替わりでトリだったと思うのだが、
ということは、次、タイガースがトリじゃん。
「どうするジミー?」僕は目で訴えた。
どうやらジミーも同じ事を考えていたようだ。
だいたい舞台袖でライブを観ている僕らのような大学生が、
そこにいようが、いまいが、誰も気に留めてはいないのだ。
せっかくだもの。タイガースは客席から観たいよね!
僕とジミーは、まるで忍びのように存在感を消し、
どこをどうやって行ったのかは忘れたが、スルスルと、
観客席の方へと姿をくらませた・・・つづく
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by playtime-rock | 2012-04-10 00:20

098*安岡力也さんのこと

 力也さんが逝かれた。謹んでご冥福をお祈りいたします。何度かお会いしたことがあるだけだけど、袖触れ合った者として、すこしばかり思い出話しを。

 1980年、僕は大学の軽音楽サークル(青山ベター・デイズ)で、ジミー根本さんという先輩と”Cruel Red”というR&Rバンドを組んでいた。同じサークルの斉藤誠さんのバンド”スーパー・セーラ服”と、原宿の『クロコダイル』というライブハウスでちょくちょく演奏していた。この『クロコダイル』はロック系のライブハウスで、当時のオーナーは原宿では伝説の”ガンさん”こと村上元一さん。店長は元”桑名正博&ファニーカンパニー”のドラム西哲也さん。このお二人には、とてもやさしくしていただいた記憶がある。そんなわけでクロコにはちょくちょく出入りしていたのだが、行くと必ず力也さんがいたのだ。いたというか、タムロしてた(笑)常連さんだと思っていたが、用心棒という噂も聞いた。
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 確かに外見はすごい迫力があって怖かったが(ホタテマンになるのは、この2年後くらい)、僕ら学生にはとてもやさしく接してくれた。”R&R好き”というのもあっただろう。この時点での力也さんについての僕の知識は、元GS(グループサウンズ)の”シャープ・ホークス”のメンバーで、キックボクサーでもあったこと。東映やくざ映画で俳優やってたことや、祖父がシチリアン・マフィアだったこと等は、あとから知った。だから平気で「力也さん、今度学園祭でライブハウスやるので、観に来てくださいよー」なんて気安くお願いしたりもした。
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 そしたら本当に来てくれたんだよね、学園祭に!アポロキャップ被ってスタジャン着て(笑)まだホタテマンでブレイクする前だったから、往年のファンでない限り一般の人には顔はわかんなかったと思う。いやー、嬉しかったよねー、やっぱり。

 それで調子にのって、また頼み事をすることになった。というのも、1981年1月22日〜25日の4日間、有楽町の日劇が取り壊されるというので、最後の「日劇ウエスタンカーニバル」が行われることになったのだ。しかも連日の昼夜2回公演。GS好きの僕なんかにとっては”伝説のウエスタンカーニバル”だから、これはぜひとも観たい!しかも早く観たい!というわけで行きましたよ前売り券買って初日に。出演は、
○ザ・スパイダース○ジャッキー吉川とブルーコメッツ○寺内タケシとブルージーンズ○加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ○内田裕也とトルーマン・カポーティR&Rバンド○沢田研二・オールウェイズ○萩原健一・ドンファンR&Rバンド。この他にも豪華なデイリーゲスト。(http://www.asahi-net.or.jp/~ja9k-sg/nitigekiP-2_1.htm をご参照ください)力也さんも、シャープ・ホークスも出た。
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 ジュリーとショーケンはバリバリの現役で人気絶頂だったから、”タイガース”でも”テンプターズ”でもなかったのかなぁ?仕方ないなぁ・・と思っていたら、最後の2日間はなんと”タイガース再結成!”という情報が・・えっ?でも前売りはもう完売だし明日が最終日じゃん!「よし、力也さんに頼もう!」とジミーが言うので、「えっ?電話番号知ってるの?」と僕が尋ねると、「なんかあったら電話してこい!と力也さんが教えてくれたんだ」とジミー。やったー!!とは思いながらも恐る恐る電話した。
すると上品な女性の声で「うちの力也は、今出かけておりますが。」とのこと。「そうだよなぁ、今カーニバル期間中だし、忙しいよなぁ・・」もちろん携帯なんてない時代だ。何度もかけるの気がひけるし・・「よし慶太郎、今から徹夜で並んで当日券で行こう!」とジミー。ま、それしかないのだが。

 「それにしてもさ、うちの力也は・・ってさ、あれお母さんかな?」「きっと、そうだよ。力也さんさ、あんなでかいのにまだお母さんと暮らしてんだよ!」と大笑いしてしまった(笑)身体の大きさと母親と暮らすことは、もちろん何の関係ないのだが、僕らが勝手に抱いていた力也さんの印象とはかけ離れていたわけで・・それにしても力也さん、あの頃34才かぁ・・・
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 それはともかく、並びましたよ日劇に。往年のように何周もの行列はできなかったが、1周弱くらいは並んでたんじゃないかな、夜11時頃には。と、そのとき”キー!”と急ブレーキの音がして僕らが並んでる舗道の脇に車が止まった。「お前ら何やってんだよ?」というドスの効いた男の声がしてドアが開いた・・・つづく
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by playtime-rock | 2012-04-09 00:40

097*playtime rock~ナガサキ音遊び〜4月8日

思えば”whale"という英語を知ったのは、
左門豊作が在籍した「大洋ホエールズ」という球団名が最初でした(笑)
というわけで、明日の「playtime rock~ナガサキ音遊び〜」
(NBCラジオ/毎週日曜日午前11時30分より)は、
「ホワイト・ホエール」(白鯨ですな)という60年代のアメリカのレーベルの特集です。
 レーベルの顔でもある”タートルズ”。スペクターのとこでコーラスをやっていた、ニノ・テンポと彼の姉エイプリル・スティーブンスからなる”ニノ&エイプリル”。若き日のウォーレン・ジボンと彼の高校の同級生の女の子からなる”ライム&シベル”。そしてこれらの男女デュオの影響を受けている、僕と市場美奈の”プレイタイム・ロック”等をかける予定です。
そしてなぜか「軟体動物シリーズ」の映画でおなじみの”渥美マリ”
(僕の年齢以上の人にはわかるかと・・w)
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何故、渥美マリなのか・・?は、お聴きいただいてのお楽しみということで(笑)
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by playtime-rock | 2012-04-08 00:20

096*スパゲッティ

明日というか、明けて今日は、● 「playtime rock~ナガサキ音遊び〜」
 NBCラジオ/毎週日曜日午前11時30分より。
先週は追悼デイビー・ジョーンズでモンキーズ特集。先々週は風邪でお休み。その前は「上を向いて歩こう」特集やりました。今回は四月”春”ということで”出会いと別れ、そして旅立ち”的な選曲です。「上を向いて歩こう」を作曲した中村八大さんの「涙をこえて」という名曲で始めます。僕は、やみくもに”頑張れよ!”とか”守ってあげるから”的ないわゆる”応援歌”があまり好みじゃなくて・・「上を向いて歩こう」は、”泣くのは仕方ないけど、そろそろ立ち止まるのは止めて、歩きだそうよ”と圧力がないかんじだから好きです。かまやつひろしの「どうにかなるさ」も、一見いいかげんなようで、過去と決別し歩み始めています。「ケ・セラ・セ・ラ」や「レット・イット・ビー」もそうかもしれません。究極の”応援歌”はクレイジー・キャッツの「だまって俺についてこい」だと思います。あんなに飄々と”俺もないけど心配すんな”とか”そのうちなんとかなるだろう”なんて歌われたら、こっちが”なんとかしてあげなくちゃ”と思ってしまいます(笑)それにしても”見ろよ青い空 白い雲”のなんて美しいフレーズなことか。”なんとかなる”と言ってしまえば楽になります(笑)
ま、”どうにもならない”こともありますが・・・
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ところで、事務所の移転、曲書き、デモ録り等でバタバタの今日この頃。今日は夕飯のタイミングを逃し、0時ころ久しぶりに銅座の『リトルバー』へナポリタン・スパゲッティを食しに。夜中にナポリタン食べれるのが嬉しい!しかもパスタではなく、スパゲティでもなく、スパゲッティなのだ(笑)またこれがうまい!一応出かける前に今夜食べれるかどうかも確認した。で、いざ到着したら、只今期間限定でミートソースも作ってるという。マスターのシンノスケの料理はいつも美味しいから、今夜はミートソースにしてみた。これがまた大正解!挽肉節約のためタケノコのみじん切りが多く入っているが、ほんのりした甘みと食感がすごくいい!夜中食するのにもいい食材だ(笑)黒胡椒で刺激もお好みで加味できる。『かにや』の隣のビルの二階です。
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by playtime-rock | 2012-04-01 03:51